イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ああ!先が読める!
2009年11月16日 (月) | 編集 |
昨夜、というか今日の午前1時5分、無事425ページのNorth and Southを読みきった。満足感と疲労度とともに眠りにつき、朝起きてご飯を食べて今に至る。

小説自体は思いのほか面白かった。前も書いたが、私の中でギャスケル=退屈なお話、という認識だったが、この作品は意外にエクサイティングだった。とはいえ、主人公マーガレットは多分まともな感性を持った男性であれば誰も好きになれないし、ソーントン氏のすさまじいまでのマゾヒスティックな姿は笑いすら覚えるし(私はいまだかつて、ヴィクトリア朝文学でこれほどまでに苛められる事に喜びを覚えるような男性キャラクターは見たことがない)、まるでリングのように人が死にまくるし(しかも急に)、最後はおかしいくらい急展開だし、というわけで、色々問題も垣間見える作品だった。

ただ、個人的に最大の問題は、この本の中身よりも、註である。


(以下、作品に関するネタバレがあるので、この作品を読んでみたいという奇特な方は、これより先に進まないことをお勧めする。ちなみにこの作品の翻訳は一冊あるが、ネットでの評判はイマイチ。あまり難しいとは思わないので、原文で読んだほうが楽しめるだろう)。



















私が使ったのは、Penguin ClassicsのNorth and South。註をつけているのはPatricia Ingham。ヴィクトリア朝を研究する人間であれば、これまで一度や二度や三度くらいはお目にかかったことのある(本人に、ではなく、イントロや論文で)、著名な研究者である。この場合、「著名」とはそのまま能力の高さにつながる。実際、この註は非常に細かく、的確であった。逆に問題は、「細かく的確でありすぎる」こと。要は、作品の伏線などについてもご丁寧に説明してくれているのだ。その結果どういうことが起こるかと言うと、



「ネタバレしすぎ!!」



たとえば物語の前半、ある箇所の註で、


「こういった彼の態度が、最終的にマーガレットがソーントンの結婚の申し込みを受け入れることにつながる」



と、作品のエンディングを思い切り先取りしてみたり、あるいは、フレデリックがレオナルドを誤って殺してしまったように思われるシーンの註で、


「ここでは明らかに彼は有罪のようだが、そうはならない」


と肝心要のサスペンスをあっさりと排除してしまったりと、パトリシア先生やりすぎである。ストーリー展開を全く知らずに読み始め、少しずつ面白みを感じていた人間にとって、こういった的確すぎる註は、かなりこちらの読む意欲を削いでいった。


何はともあれ、読み終えることは出来た。
はてさて、この作品をどう扱うことになるのやら。
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。