イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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20170122:一応読了なのです!
2017年01月22日 (日) | 編集 |
1月22日日曜日。


日曜日である。


だからどうした、と言われそうだが、日曜日だから仕方がない。

今日は昨日に引き続いてニコニコで「ハガレン」を見ながら「キム」を読むことに。

昨日の反省を生かし、早い段階から読み始めたので、幸いなことにハガレンが始まったあたりで(ちなみに放送開始は17時であった)、ほぼ読み終わっていた。

全体の感想としては、まあ読める話だが、ちょっと「狙い」すぎかなあと。
つまり、文学作品というものにはいろいろな種類があり、個人的には一番面白いのは「物語として面白く、なおかつ、研究する要素がいっぱいある作品」だと思う。一方で、「物語としては大して面白くないが、研究する要素はいっぱいある」作品も多く存在しており、残念ながら(というべきなのか)現代の文学研究の世界では、こういった作品が重宝されている。では「キム」の場合はどうかというと、門外漢の私が言うと申し訳ないが、完全に後者とは言わないものの、前者か後者かの二者択一で言えば、後者の色合いが強い作品だと思う。


この作品、それこそ身もふたもないくらい簡単にまとめてしまうと、











主人公の少年キムと周りの人々の関わり合いを描いた物語












ということになる。



そりゃそうだろう、という声が聞こえてきそうだが、ごく簡単かつ1行でまとめてしまうと本当にこうなるのだから仕方がない。



そして、これにスパイ合戦やら人種の問題やらアイデンティティーの問題、さらには宗教の問題など、いろいろな問題が絡んでいくわけだが、








ほら、こんなところにこんな研究要素がありますよ。すごいでしょ?







と、まるで作者が語りかけてくるような(実際は語りかけてこない)、露骨な「それっぽい」描写が多すぎるのだ。


かくて、読者に目を向けて欲しそうな話題がたくさんちりばめられているのだが、それが下手に目立ちすぎるのでかえって研究する気持ちが失せる、そんな印象の作品だと思う。もう少しうまいこと、物語の中に「潜ませる」、ということが出来れば良いのだが、全然潜んでいないのだ(あくまで門外漢の私の印象である)。

たとえば多彩な人物描写とか、当時の市井の人々の描写とか、このあたりはなかなかに興味深いものがあった。ただ、それが人々の描写を超えた、何かの主張、ないしは思想、そういったものを感じさせるものになったとき(そしてそういう「時」が多いのだが)、一気に面白くなくなるのである。


そして何よりも疲れたのは、一応本を書くことになるので、あらすじを忘れてはいかんとメモを取りながら読んでいたのだが、最終的に巻末に掲載された「訳者解説」に記されたあらすじが一番詳しいというオチ。これは疲労を倍増させた。


疲れてしまったので、久々にコンビニでスイーツを買って食べた次第。


わらびクリームあんみつ



うむ、それなりに美味しかったのは収穫と言えそうだ。
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