イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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20170117:22年目の真実なのです!
2017年01月17日 (火) | 編集 |
1月17日。


全体補講日である。

補講のない人にとっては楽な日だが、補講のある人にとってはいつもと変わらぬ授業日、そんな日である。


だが、私のような人間にとってはこの日は非常に大きな意味合いを持つ日である。

そう、言わずと知れた、阪神大震災の日である。


あれから22年というのが信じられない。

当時私は中学の一年生だった。そもそも人生経験が少ないわけで、こんな恐ろしいものが世の中に存在し得るのか、と恐れた。


いや、それは正確な表現ではない。正しくは、何がなんだかわからなかった、というべきであろう。そのときは、本当に何が起こったか、よくわからなかったのだ。それがわかり、恐怖が増していったのは、それよりあと、例えばようやく映ったテレビで、横倒しになった(常識的に考えて、そういう形になるものではない!)阪神高速の姿を見たりした段階のことである。ともかく、事が起こったときはボーッゼン、という感じだった。


その地震について、今更ながら思い出したことがある。


地震が起こる前、我が家ではパソコンを新調するという出来事があった。

パソコンを新調する、というと、今では大した出来事には思われないかもしれない。
が、当時はそもそも一家に一台パソコンがあるかないか、というような時期である。
それ自体、かなり珍しかったし、またその新しいパソコンで遊べるおなじみのシミュレーションゲーム、三国志が楽しくて仕方なかった。

だが、震災はそのパソコンをも吹きとばす。

地震が収まったあと、私が目にしたのは、かんたんに吹っ飛んで割れていた、パソコンモニタの画面だった。その時感じた極めて残念な気持ちは、今でもよく覚えている。


問題は、このあとである。

地震の翌日から、当然我が家では家の中の大掃除が始まったのだが、その過程で壊れたパソコンが片付けられ、代わりにその前まで使っていた少し小さめのパソコンが設置された

今と違い、インターネットなどない時代である。さらに言えば、当時は仕事もできるような状態ではなく、パソコンの必要性は必ずしも高くはなかった。

にもかかわらず、まずは古いパソコンの再設置が行われた。


そして私はそれから、毎日のようにMacのフリーゲームを遊んでいたのである。


その間、給水車に並んだり、ようやく開いたスーパーに行ったり、救援物資をもらいに行ったり、といろいろな活動を行ったのだが、それらの合間には、なぜかこのパソコンでゲームをして遊んでいた。



我ながら、あの忙しいときに何をやってるのか、よくわからなかった。


なぜ、わざわざゲームをしていたのだろう?
それも、必ずしもその時にやらないといけないような、新しいゲームではなかった。


今更感があるが、震災から22年も経過した今、改めてその時のことを考えてみて、ようやくその理由がわかった気がした。


結局のところ、当時の私は、やはり相当大きなショックを受けていたのだ。


そりゃそうだろう、初めて経験する、存在の信じられないような規模の地震を目の当たりにしたのだから。

未曾有の経験とはまさにこのことで、これまでとは全く違う恐ろしい経験を経て、気づかぬうちに防衛本能が働いていがのだ。そして恐ろしい現実から少しでも目を背けるため、よくわからないゲームをしていたのではないだろうか?



考えてみれば単純な話である。
が、そんなことに気づくのに、22年もかかってしまった。
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