イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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20161119:諸君の愛してくれたタブレットは売れなくなった。なぜだ?
2016年11月19日 (土) | 編集 |

週末である。

 

だが、繰り返しになってしまい大変恐縮なのだが、未だにゼミの件が頭を駆け巡る。ああしておけばよかったのではないか、ということもあるが、いったいどういうメンバーがうちに来るのか想像もつかないので(少しはつくが)、不安や心配がつきないのだ。身から出たさびとはいえ、やはり気になって仕方ない。

 

まあ、結果はまもなく出るので、とりあえず別のことを考えよう。そう言い聞かせる週末である。

 

まずは、昨日の続きなどを。

 

タブレットの売れ行きが鈍化している、という話は昨日書いた。昨日の繰り返しになるが、私自身今年はたったの3台しか購入しておらず、鈍化は明らかといえよう(ちなみにパソコンは今年は1台、それ以外のガジェットもだいたい3台くらいは購入している)。

 

コホン、横道にそれた。

なぜタブレットの売れ行きが落ちてきたか?

 

要因はいくつか考えられるが、個人的には、

(1)すでに多くの人がタブレットを持っている。

(2)タブレットそのものの進化が止まった

(3)タブレットにできることの限界を消費者が悟った

 

この3つが主要因だろう。

まず(1)の「すでに多くの人が持っている」という要因であるが、これは言うまでもあるまい。最初にiPadが発表されたのは、今から6年前のことである。それからAndroidが表舞台に立ち、Windowsも負けずと黒歴史OSことWindows 8を投入、と、数々の出来事があり、数々のタブレットが発売され、消えていった。多くの人間が、そろそろPCを買い換えようかなと思った際にタブレットに手を伸ばし、そして購入してきたことが十分予想できる。特にWindowsのタブレットの値下がりは著しいものがある。

さらに言うと、スマホの巨大化も見逃せない。一時ファブレットという言葉が生まれたが、いわゆる6インチクラスの大型スマホでが世に多く出るようになった。iPhoneもかたくなに保ってきた4インチ以下のサイズを捨て、最低でも4.7インチのサイズに拡大したように、スマホのサイズが全体に大きくなり、タブレットとの境が曖昧になってきた。言うなれば、スマホという形でこそあるものの、皆が「タブレットのようなもの」を持っているという状態になったのだ。こうなると、「わざわざ買わなくても」、という心理になるのは必然だろう。

 

そこへ拍車をかけたのが、(2)の「進化が止まった」である。皆さんは、Android初期のOS、Android 1.6や、2.1などをご存じだろうか?触ったことのある人は、今やほとんどいないかもしれないが、あれらのOSはとても使えたものではなかった。遅いし、電池は無駄に減るしで、競合するiOSにはとても太刀打ちできるレベルのものではなかった。それが、2.2、2.3でだいぶ改善され、3.0という黒歴史を経て、統合された4.0以降のOSでは、それなりに「使える」OSへと進化していった。その後は地味にいろいろと改良が加えられているが、はっきり言ってしまえばマイナーチェンジの域を出ない。結局、AndroidはOS 4を過ぎたあたりで、ある程度行き着くところまで行き着いてしまったのである。iOSについても言うまでもないだろう(こちらはやっかいなことに、進化するほど使いにくくなるという病を抱えている)。それはともかくとして、行き着くところまで行き着くと、買い換え意欲が極端に落ちることとなる。たとえば、かつてのAndroid 1.6やら2.1の時代のマシンであれば、一刻も早く買い換えたいと願うのは当然である。私の実家には、Android 2.2のマシンがいくつか転がっているが、今でも電源が入り、使うことこそできるものの、実用レベルの速度は出ず、とても今、使いたいと思えるものではない。

しかしその一方で、ここ2,3年のモデルであれば、マシンもOSもある程度完成しており、さすがに最新モデルには劣るものの、「まあ、別に高い金出して買い換えるほどじゃないよね」というレベルには仕上がっている。そんな状況で、せっせと新しいマシンを出したところで、買い換えてくれるユーザーがたくさんいるとは思えない。進化と停滞はある意味で表裏一体であり、ある程度進化してきたからこその悩みを、今タブレット業界は抱えているといえるのだ。

 

そしてとどめの(3)「限界に気づいた」である。タブレットが売り出され、そして売れ行きを伸ばしていったとき、叫ばれていたのが「PCの代わりになる」ということだった。特にすごいパワーを必要とする作業ではなく、ちょっとしたメールやブラウジング程度であれば、わざわざデスクトップを使う必要はなく、タブレットで十分である。そういう意味で、自宅用PCの買い換えを計るような層に、タブレットは訴求効果があった。

しかし前述の通り、スマホが発達することで、それこそメールやWebを見る程度なら、スマホで事足りるようになってしまった。それに加えて消費者が直面したのが、タブレットの限界である。なるほど、タブレットを使えば、スマホより大きな画面でネットは見れるし、ちょっとした文章作成はできる。だが、画面の半分を占めるかと思われるソフトウェアキーボードを使って文章を書くのはそれほど簡単なことではなく、結局は外付けキーボードを買わねばならぬこととなる。Windowsの場合はマウスもあった方が便利、などと言われてマウスも購入する人もいるだろう。ところが、Windowsはいざしらず、AndroidやiOSの場合、外付けキーボードを使った文章作成の際の変換効率がいささか悪い。また、たとえば新幹線で使ってみると分かることだが、Windowsタブレットに外付けキーボードをつけると意外とスペースをとってしまい、タブレット側の安定感のなさ(うまく立たない)もあって、狭い場所や揺れる場所では意外と使いにくい。そうこうしているうちに消費者は気づくこととなる。

 

「あれ、これだったら、ネットはスマホで見て、メールも短いのはスマホでして、長いのとか書類作成はPCの方がいいんじゃね?」

 

かくて、大部分のタブレットは帯に短したすきに長し、という微妙すぎる存在に成り下がり、売れなくなってしまったのである。

 

70台ほどタブレットを使っていると分かることだが、タブレットは着実に進化している。特にAndroidは昔のものと今のものとでは、全く別のOSとしか思えない状態である。しかし一方で、その成長曲線は確実に鈍化している。これは、ある程度行き着くところまで行き着いてしまったと言うことと同義であり、同時に、新しいもの好き以外に対してアピールするような、決定的な何かを欠く状況になってしまったのである。そりゃ、売れ行きも落ちるわけである。

 

今後、国内のPC市場は縮小していくと予想されている。それは間違いないだろう。だが、そのPC市場にタブレットが取って代われるか、というと、現状そこまでは言えないと思う。特に、今なお多くの企業で使われるWindowsは、どう考えてもタブレット向きのOSではなく、10についてもいろいろと言われているが、決して完成度が高いとは思えない(8,8.1という黒歴史が間にあったのだから、なおさらだ)。今のままタブレットがPCを駆逐するとは思えない。

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