イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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何故小松の球は遅くなったのか?
2012年06月11日 (月) | 編集 |
どうもいかん。

オリックスの小松聖である。

知らない人も多いだろうが、小松聖とはオリックスに所属するピッチャーで、2008年に実に16勝をあげ、最多勝に輝いた技巧派の投手である。

そのまま順調にチームを支えてくれるだろうと皆が期待したのも束の間、翌年からほとんどか勝てなくなり、今なお低迷しているピッチャーである。まだ30歳程度であるのに加え、遅咲きの投手であることを考えれば、まだまた老け込む年では全くない。にもかかわらず、出ては打たれる。昨日は厳しい場面だったとはいえ、致命的な追加点を奪われ、そして今日は同じ打者を相手に追加店となるスリーランを打たれる始末である。

2008年は、それこそ昨年日本一になったソフトバンクをきりきり舞いにしていたというのに、、、

なぜこうも大きく変わってしまったのか?

原因は分かっている。

球威不足がそれである。

2009年以降の小松は、明らかに球威がなくなった。この場合の球威とは、そのままボールのスピードだと思ってもらって差し支えあるまいり全盛期は、最速148キロ前後を記録し、コンスタントに143キロ程度はでていた。また、緩急も駆使して、ともかく球に切れがあった。

それが今はどうか。ストレートが平均で六キロ近く遅くなり、130キロ台が目立つという、まるで昔の阪神投手陣のようなpitching。それも、手元でお辞儀するような勢いのない球のため、なかなか持ち味の変化球も振ってくれない。結局甘く入った球を痛打される、というパターンの繰り返しなのだ。


しかし、小松について、最大の問題はといえば、「どうしてこうなった?」というその理由がイマダニヨクワカラナイということだ。一番考えられるのは、2009年にWBC代表に選ばれた時、ろくに当番機会ももらえず、完全に調整不足になったままろくでもないシーズンを送ったことか。だが同じような立場だった内海が巨人のエースになったことを考えれば、それを言い訳には出来まい。

例えば松坂のように、大きな怪我をしたとする。これは大変なことである。しかしそれならば、何よりまずその怪我を治す、という対策を考えることができる。場合によっては肘の負担を考えて、フォームを変えるということもあり得るだろう。ところが小松の場合、どう対処して良いのか分からず、ともかく闇雲にトレーニングを積んで現在に至っている、という印象が拭えないのだ。

この、原因がよく分からず、対策が立てられずにズルズル行く、というのは、我々の分野でも恐ろしいことである。ちょうど数ヶ月前の私がこれだった。自分の論文を見て、何かおかしい、でもそれが何か分からない、まあそのうち分かるかな、と思っているうちに締め切りの数日前になり、阿鼻叫喚の執筆風景となったのであった。ああ言うのは本当にごめんである。結局提出してから、ああしたら良かったとか、こうするべきだったと思うところが(遅まきなが)分かってきて、多少ましなものに改良できたが、物事の原因がつかめなければ暗黒のどつぼにはまってしまうのは、どの世界も一緒のようだ。常に意識しておきたいところである。
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