イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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いい子よ。あなたのお父さんに似て、とても姿勢が悪いけど
2012年05月14日 (月) | 編集 |
人の顔にはというものがある。
いわゆる、人の相、人相という奴だ。

一方、人の指には指紋というものがある。普段日常生活で意識することはまずないが、刑事ドラマで必ずといって良いほど話題になるため、誰もが知っているものである。


この両者に共通しているのは、どちらも人間を見分けるための道具になり得ると言うことだ。人相の場合、いわゆる「人相が悪い」という、簡単なのか複雑なのか、いささか判断つきかねる表現で用いられることが多いが、基本的に人間が書く似顔絵というのは、この「人の相」を捉えるものだろう。警察のプロが書く似顔絵が、時に写真以上に犯人検挙に役立つ、ということを考えれば、人相が人を見分ける上でいかに重要か、分かるというものだ。


一方の指紋は言うまでもあるまい。現実でもドラマでも、凶器から指紋が検出され、それが被疑者のそれと一致した場合、犯人として逮捕できる可能性は極めて高い(もっともドラマの世界では、この「指紋の一致」が極端なまでに強調される場合、何か裏があると見て間違い有るまい)。


ここに挙げたのは、あくまで代表的な二例に過ぎないが、世の中には人と人とを区別するための道具(身体的特徴)が、無数に存在している。そんな中でも、今日、私がふと気づいたのは、




「人の歩き方」




という特徴である。

今日の通勤中のことである。職場に着き、いつものようにタイムカードを通した私は、これまたいつものように職場の建物を目指していた。っと、数十メートル遠くを、リュックサックを背負った男性が歩いているのが目に入った。直感的に、「お、あれはKさんだな」と確信した。というのも、その歩き方に見覚えがあったからである。別にものすごく特徴的な歩き方ではない。しかしそれでも、姿勢や足の出し方などが、微妙に違うのだ。そういえば、彼に限らず、普通に歩いているのを遠目に見るだけで、同僚に関してはそれが誰なのか、すぐに分かる。どうやら人間、皆、それぞれに歩き方が違うらしい。今日、その事実に改めて気づかされた。

断っておくが、「近視読者」という愛称を使っているだけあって、私の視力は極端に悪い。裸眼であらば0.01あたり、眼鏡をかけても、0.5にいくかどうかわからない、そんなレベルである。そんな私ではあるが、しかし、数十メートル離れた人間が誰であるか、見て取ることが出来た。歩き方という物言わぬ特徴がいかに雄弁か、よくわかる。


そんな人間の歩き方であるが、我々には一つ、めったに見えないものがある。
それは、「自分自身の歩き方」だ。同じ自分の身体的特徴でも、例えば自分の顔などは、トイレの鏡の前などに立つことで、一日のうちに何度か目にする機会があるだろう。しかし、歩く姿となると、これはなかなか目にすることがない。そりゃそうだろう、トイレの鏡の前で行進している自分の姿を見ている奴を目撃したら、速攻で扉を閉めて見なかったことにしたくなる。

ところが今日、私はどういうわけか、そのトイレで自分の歩く姿を目撃してしまった。
いやいや、もちろん鏡の前で行進していたわけではない。トイレに入り、中の方へと進んでいく過程で、つい右手、鏡のある方向に目をやってしまったことで、歩く自分の姿を見ることが出来たのだ。滅多に見ることのない、自分自身の歩く姿。それを見た私は、愕然とさせられた。


「猫背過ぎ!!」


そう、かなり背中が曲がっているのだ。

うちの業界、本を読むのを生業にしているということもあってか、総じて皆、姿勢が悪い。私も常々その事は意識していたのだが、鏡を見て、こりゃいかん、と痛感させられた。K高校時代の同級生、K君のように、(無駄に)背筋をピンと伸ばして歩く必要はないと思うが、ある程度以上意識して、姿勢には気をつけて生活したいと強く思う今日この頃である。
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