イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さん、に、いち、ほいっ!
2012年02月18日 (土) | 編集 |
本日は土曜日であるが、この3月で退職される先生の最終講義っぽいもの(こういう呼称をするのにも一応理由がある)があるため、職場に向かっている。聞くところでは私がカメラ係をすることになるらしい。実は昨年10月から、某学会のビデオ撮影担当になっている。今回の件といい、なにやらカメラづいている、という気がしないでもない。


さて、そこでカメラである。
私が子供の頃は、カメラというと、フィルム(ネガ)を入れて撮影し(たいていは24枚、おまけが付いて25、6枚)、フィルムを現像屋に持って行って現像してもらう、というシステムだった。
あるいは、使い捨てのインスタントカメラ、フィルムと本体が一体化したもので、撮影が終わったらそれをそのまま店に持って行く、というシステムだった。


どちらの機械にも共通しているのは、ある程度のテクニックを持った人間以外は、店に持ち込まなくては撮った写真を確認することができない、ということだ。だから、たとえば誰かがやったように、カップルに写真を撮ってと頼まれたら、わざと男性が入らないように女性だけ撮影したり、ということが可能だったのである(断っておくが、私ではない)。


しかし、その後時が流れ、今や一部のマニア(あるいはこだわりを持つ人間)をのぞいて、大部分の人がデジタルカメラを使用するようになった。デジカメのよいところは、以前のような枚数制限がほとんどなく(容量の大きなSDカードを使えば、有限でも実質的には無限のようなものだ)、また、自分で撮った写真を確認したり、あまつさえは、プリンターさえあれば自分で簡単に現像もできるようになってしまった。当然上述のような嫌がらせはできなくなったし、されにくくなったわけで、それが良いかどうかは、その人の立場によって意見の分かれるところだろう。


それにしても、いつの間にデジカメが主流になったのか?(これは売り上げ、というような数値的な意味ではなく、私の周りの使用率、という、主観的な意味においての疑問である)

私が大学を卒業したとき、当然友人たちと写真を撮りまくった。そのときは、デジカメをもって撮影する私のような人と、インスタントカメラで撮影する友人と、その割合は半々位だったように思う。しかし、私が大学院を修了し、その修了式で撮影を行った際は、ほぼ100パーセントデジカメ、といっても良いような状態だった(くれぐれも断っておくが、これはあくまで私の周りが、である)。となれば、2000年代前半から中盤への2年で、大きく変わった、ということか。


デジカメは便利である。
先ほども書いたように、何よりも枚数を気にせず、簡単に撮ることができるので、とりあえずおもしろいものがあったら撮影しよう、という気になる。ブログやFacebookなど、写真を公開する場が増えていることも、この傾向にいっそうの拍車をかける。

しかしそれと同時に感じるのは、私のような一般人が一枚の写真を撮影するときに傾ける集中力、情熱といっても良いかもしれないが、それが明らかに昔に比べて減退してきたということだ。昔はフィルムも高かったし、何せ枚数制限があったので、ともかく一枚一枚が貴重で、無駄にできなかった。構図的にここは良さそうだから撮ろう、とか、ここはイマイチだからやめておこう、とか、いろいろと考えながら撮ったものだ。しかし、今はその制限がほぼなくなったため、なにも考えず、ともかく何かおもしろいものがあればボタンを押すようになってしまった。おかげで、海外にいる間に1万枚近い写真を撮影できたわけだが、その大部分は適当に撮ったもので、必ずしも満足のいくものではない。なるほど、「技術の進歩によって、失われるものがある」、というのは、あながち間違いではないのだな、と思わされる。

(もっとも私の場合、だから昔のカメラを使おうとか、一枚一枚集中して撮ろう、とかは思わないのだけれど。)


追記:なお、本日の表題は、今日記念撮影をするときに使った私のかけ声。意識して言ったわけではないが、「ほいっ!」というのがやけにウケて(おかげで次の人が撮影するときまで、誰か学生が「ほい」と言っていた)、最後の最後、一番良いところを持って行ってしまった。
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。