イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ロリィタと新年のご挨拶に関する一考察
2012年01月11日 (水) | 編集 |
ここ二日に起こった出来事のことである。

いつものように職場で仕事をしていると、なじみの学生が二人やってきた。

聞けば特に何か用がある、というのではなく、新年の挨拶に、とのことだった。

(注:この時期は様々な質問が飛んでくる。というのも、ちょうどうちの大学も卒業論文シーズンであり、「おまえら、今までどこにいた?」と言うくらいの数の学生が研究室で明らかに慣れない論文執筆に打ち込んでいるのだ。昨日の質問は、ワードの書式設定のやり方がわからない、というものだ。この職は、どうやらワードの使い方をある程度以上熟知していないとできないらしい。それにしても大学が学生向けにレンタルするパソコンの、なんと感動的なまでに古いこと!!)

そのまま、英語の勉強法などについてお話しし(もっとも、うち一人はほとんど英語を使いそうもない職場に就職するのだが)、そろそろ、となったところで、一人が「先生、それ、、、」と、私の後ろの本棚に並んでいた、とある本に注目した。

それは、


「ロリータ、ロリータ、ロリータ」


業界人には言うまでもないが、WT先生の批評書である。

が、その辺のことをわからない彼は、かなり場違いな本が並んでいる、と思ったらしい。職場にけいおん!関連グッズが並んでいることと併せて、変な趣味の人間だと思われたとしたら非常に心外ではあるが、念のため、「ロリータ」というのが純然たる文学作品であり、これがその批評書である、ということを説明しておいた。その際に、別の大学でも述べた、ある重要なポイントを、ここでも記しておきたい。


業界人には言わずとしれたことであるが、「ロリータ」というのはアメリカの(といっても差し支えはあるまいが)作家ウラジミール・ナボコフの代表するよくわからない小説であり、ごくごく簡単に言うならば、14歳以下の少女(これを彼はニンフェットと呼んでいたと思うが)しか愛することのできない主人公ハンバートが、その呪縛から解き放たれるまでを描いた物語である。もちろん、「ロリータコンプレックス」という用語はこの作品から生まれたわけだが、私が押さえておきたい重要なポイントというのは、この言葉を聞いた時に多くの人が浮かべるイメージである。おそらく、端的に言えば、

「ちっさい子が好き!」

とか、

「幼女好き!」

とか、そういう感じであろう。

あながち間違ってはいない。

実際、日本でたとえば14歳の少女を相手にみだらな行為をしたアホが逮捕された場合、まず間違いなくスポーツ新聞の見出しは「ロリコン男云々かんぬん」となるはずだ。


しかしここで、我々は14歳という年齢が持つ意味が、日米、あるいは日本と欧米とでは違う、ということを思い起こさねばならない。

日本人にとって14歳というのは、汎用人型決戦兵器、エヴァンゲリオンに乗れる年齢であるが、そんなことはどうでも良いとして、中学二年生、中二病という言葉が存在しているように、幼さ前回な年齢である。女性の場合、多少なりとも男性よりは大人びているが、それでも外見、中身ともにまだまだ幼いといって差し支えない。母が依然やっていた掲示板の友達に、中学生がいたが、その書き込みの内容を見るたびに、

「若いなあ。。。」

と思わされていたのを思い出す。

脱線が多くなったが、日本における十四歳が、名実ともにまだまだ幼さ前回の年頃であるのはおわかりいただけると思う。

では、これが欧米になるとどうなるか。

端的に言えば、もう外見的に相当成熟している。
日本の大学生とあまり変わらないと言っても良いかもしれない(ただし、あくまで外見の話である。もっとも、中身も変わらないかもしれないが、、、)

一般的に早熟とされる欧米人は、10歳を過ぎるともう急激に成長していく。日本人からすれば、もうびっくり、な世界である。

たとえば私が留学していたとき、私の周りの多くは20歳前後の女性陣であった。しかし彼女たちは、言動などを見ていると若さあふれているのだが、どう考えても私と同じか、それ以上の年齢であるように思われた(一方で、彼らは私が自分たちと同じくらいの年齢だと思っていたと言うから、やはりアジア人が若く見えるという定説は、間違ってはいないようだ)。


疲れてきたので一気にまとめにはいるが、日本でも欧米でも、十四歳未満の女性しか愛せない、というのは、ただの変態である。しかしながら、そこに内包されるイメージは大きく異なっていると言って良い。
日本であれば、「はい、アウト!!」と声を大にして速攻で言えるような、それくらい明白な変態である。しかしこれが欧米になると、何せ外見的には成熟しているので、日本の場合と同じくらい変態、とは思えない(ただし、法律的に見れば犯罪である点には変わりないだろう)。
これは人種の違い、さらに言えば、それをもひっくるめた文化の違い、と言うことができるかもしれないが、そういう違いのことを頭に入れておかねば、この「ロリータ」という作品はおそらく読めないであろう。少なくとも、「ロリータ」という言葉と、そして十四歳の少女という言葉を聞いたとき、日本とアメリカとでは、少し違うものを想像しなくてはならない、ということは念頭に置いておきたいところである。
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。