イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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五十歩と百歩の間には五十歩の違いがある。
2011年03月30日 (水) | 編集 |
初仕事のあとは何故かいつもの場所に、という話から書く。

今日は新しい大学での初仕事、学生のオリエンテーションへの参加だった。
と言っても、私がやるのは実質的にオリエンテーション前の教員会議に参加して、その後のオリエンテーションでヒトコト喋るだけ。私の仕事自体は1時間足らずで終了した(通勤時間のほうが明らかに長い)。

さて、問題はその後だ。実はその前に事務に行ったところ、こう言われた。



「先生は、まだ修了証明などはお見せいただいてないでしょうか?」




はい?

っと、杉下右京に変身している場合ではない。

自分の学歴、というか主要学歴を証明するために、修了証明が必要だというのだ。いや、なんかいるだろうなあ、とは思っていたのだが、今まで全くそんなことを言われなかったのでびっくりしてしまった。

とはいえ、必要と有らば準備するしかない。準備するとなると、これはK大に行くしかない。

というわけで、O大を出、門のすぐ外に止まったやたら豪華な個人タクシーに乗り込み、一路K大へ。案外距離があるもので、1200円くらいかかった。まあ慣れないバスに乗って道に迷った挙句事務が閉まる、という悲惨なパターンに鳴ることを思えば、安いものだろう。

事務では無事、修士の修了証明は出たものの、博士の方の証明が出なかった。それもそのはず、博士(研究指導認定退学)の証明書は、日付が3月31日、つまり、明日の証明書になるからだ。まだ退学していないのに、その証明書が出るわけがない(出るとしたら、それは「見込み」である)。というわけで、やむあく明日も昼前にK大に行き、そこで必要書類を確保した上で、O大に向かうこととなった。若干二度手間な気もするが、まあやむをえまい。

で、結局今日は書類を手に入れたあと、この前卒業したばかりの研究室に行ってきた。いつもと変わらない空間が広がっていて、素晴らしいなあ、と思いつつ、同時に、なんか戻ってくるのが思ったより早かったな、と感じたのは言うまでもない。



89. I cannot agree with those who rank modesty among the virtues. (785)30.3

「僕は謙遜を美徳と考える人たちには同意できないのだよ。」


ホームズの台詞。
彼が、マイクロフトの知性は自分を遙かに上回っている、と述べたのに対し、当然ワトソンはそれが彼の謙遜だと考える。そのワトソンに対してすかさず述べたのがこの台詞だ。彼が言うには、自身を過大に評価するのも、過小に評価するのも、どちらも真実からかけ離れているという点でよろしくない、というのだ。なるほど、確かに一理あるかもしれない。たとえば近年、エントリーシートなどの形で自己評価をする機会がたびたび訪れる。そしてこの、自分を評価する、という作業が日本人はきわめて苦手である。なぜなら、日本人は伝統的に、自身を過小に評価することを美徳としてきたからだ。ホームズの台詞は、そんな日本人からすると、ドキッとするような台詞である。

とはいえ、私は、この文化そのものは決して悪いものではないと思う。「いやあ、ぜんぜんテストの勉強できてないよ。本当に、困った困った。」とつぶやきながら、満点を取る。これこそが、日本人の良いところではないか!(注:おい、話が変わっているぞ、というつっこみはこの際無しで。)「いや、自分とこで出来ますから、助けはいりません」と言っておいて、さらに状況が悪化し、どうしようもならなくなってから、「お願いですからすぐ助けてください!」などと泣きつく某電力会社のようなパターンより、よっぽどましである。正確に自己の能力を把握、評価することは必要だが、過小に評価することは、必ずしも悪ではないと思う。ただし、少なくとも過大に評価することはあってはならない、と思う。
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