イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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音質の違いが、MP3プレイヤーの絶対的な差ではないということを教えてやる
2011年02月15日 (火) | 編集 |
今日は書類を出しに郵便局に行った以外はいつもどおりの一日。
というか、昨日からやっとこさ研究っぽいことに力を入れられるようになって、それはそれで良いのだが、一つわからない。というのは、「ディケンズはイタリア旅行に行ってから10年以上を経てようやく、『リトル・ドリット』でその時の経験を利用した。なぜこれだけ時間があいたのか?」という事について論じている論文を前に読んだ記憶があるのだが、問題はそれが誰のだったかが思い出せないのだ。なんかあまり凄い論文ではなかった気がするのだが、引っかかる。なぜ引っかかるかというと、これを利用したら、上手くいくんじゃないか、と少し思ったから。これじゃないか、という心あたりのある方は(いないと思うけど)どうぞお知らせください。

タイトルの意味を全く説明していないが、気にせず本日の一言へ。

46. I am somewhat headstrong by nature, and the more ready to engage in an affair when there is some obstacle in the way. (The Engineer's Thumb, 588)15.2

「僕は生まれつきやや頑固なところがあって、障害があったほうが、かえって余計にその物事に関わりたくなるんです。」



エンジニアのヴィクター・ハスリーの台詞。
彼はこれが原因で、ライサンダースターク大佐の罠にはまり、親指を失ってしまうのだ。
しかし、こういう人は結構多いだろう。特に昔のゲームをやりこんだ人間に多いのではなかろうか。

「ゆとり」と言われる現代のゲームに比べ、昔のゲームは本当にひどかった。最近でも、「死にゲー」(最初のプレーの時は死んで、敵の配置や攻撃パターンを覚えて攻略していくゲーム)と呼ばれるゲームがあるが、昔などは、ほぼすべて、こんな調子だった。「スーパーマリオ2」のC-4(驚くべき事に、1面から8面の続きがあるのだ)などひどかった。こういうゲームを子供時代にやってきた人間は、かえって難易度の高いゲームの方が、やる気が出るものなのである。

ただし、人生はゲームと違うので、くれぐれも判断を誤らないように。

ちなみに、「小さい頃から無鉄砲で」というのは、夏目漱石の「坊ちゃん」の書き出しであるが、いきなりナイフで親指を切ってしまう。上記ハスリー氏は、その無鉄砲さが仇となり、親指を失ってしまう。あれ、なんか似ているぞ!
なお、ホームズのこの話が発表されたのは1892年、漱石が坊ちゃんを出したのは、1906年である。漱石は1900年、イギリスに留学している。
おやおや、これはこれは。。。
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