イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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犯人はお前だ。。。よなあ、やっぱり。
2010年12月29日 (水) | 編集 |


この文章は、一部昨日書いたものである。そのため、以下、でてくる「昨日」という文言は、一昨日、つまり、12月27日を指す。それを理解した上でお読みいただきたい(ちなみに、ではなぜ書き直さなかったか。それは、単に面倒だからである)。



いつもと同様、昨日の生活日記を、と思ったが、昨日は本当になにもなかった。強いて言うなら、よく考えたら新年あまり時間がない、ということに気がついて、新年一回目の授業(5日)の準備をした、というだけか。なんか久しぶりにテクストを取り出した気がする。自分で選択したわけではないので不満があったテクストではあるが、もうこれを使うのも後数回かと思うともの悲しいやら何やら。。。

ともかく、それくらいしか、書くべきことがなかった。


が、捨てる神あれば拾う神あり(用法違うな)。
昨日とは打って変わり、今日はしっかりと書くネタができた。とうのも、



映画「相棒II(長いので以下略)」



を見てきたからである。

テレビ朝日系で放送されている人気ドラマの映画第二弾である。厄介者ばかりが集められた(といっても二人だけだが)警視庁の部署、匿名係の二人組が、事件を解決していく、という推理ドラマである。

今回の映画は、警視庁内で警視総監以下幹部を相手にした立てこもり事件が発生。強行突入の末、アクシデントで犯人死亡ということになるのだが、その犯行の裏には7年前の、警視庁上層部の関わる別の大事件があった。。。

まあ、簡単に書けば、こんな感じのお話である。



(注:以下、若干ネタバレがあるので、これからこの映画を見るつもりで、あらゆる事前情報を遮断して、これを見るのを超楽しみにしている、というような人は見ないように)


まず先に結論から書く。

まずまず面白かった
アマゾンレビューであれば、5点満点で4点はプレゼントできる。

おそらく、相棒というドラマの最大の魅力は、ミステリー性と社会性、この両輪の絶妙なまでの混合であろう。まず、この作品がミステリー、あるいは推理モノであるのは疑いの余地がないだろう。何らかの事件(たいていは殺人)が起こる。そしてそれを特命係が解決する。基本はこのパターンである。相棒はその推理過程(謎解きとも言う)が秀逸で、つい特命係と一緒になって、見る者も推理してしまう。上質なミステリーの証であろう。

一方、そのミステリーと並び立つ要素が、社会性である。相棒はこれまでも、単なる個人の悲劇(怨恨などがよくあるパターンか)にまつわるミステリーではなく、個人対組織の織りなす悲劇を描いてきた。一見なんと言うことはない殺人事件の背景に、公的機関の不正があり、、、というのがよく見られるパターンか。そのネタも非常に時宜を得ており(たとえば裁判員、時効、独立行政法人など)、それゆえに視聴者に強いインパクトを与えてくれる。この両方の要素が絡み合って作用することで、この相棒という作品は人気を増してきたと私は思う。

さて、その観点から行くと、この映画はこの両方の要素をしっかりと備えていた。まずミステリー要素だが、とかく密室での事件(何せ警視庁内での立てこもりだ)という、非常にとっかかりの得にくい問題に対して、どのように取り組んでいくか、という描写。最後の最後におまけまで付いて、非常に見応えがあった。

一方の社会性であるが、これも事件を警視庁の暗部と結びつけており、相棒らしい社会性を持った作品と呼べると思う。



では、これだけ見ると非常にほめているようで、5点満点で4点、つまり1点減点されているのはなぜか。

それは、一つには社会性の部分にある。ネタバレになるので詳しいことは書かないのだが、今回扱う警視庁の影の部分(予告編にも「影の管理官」という言葉がでてくるように、まさに「影」である)というのは、なるほど、確かにそういうこともあろう、と思わされる。が、なんというか、残念ながら、時宜を得た、という感じはしないのだ。裁判員や仕分けなどに比べると、タイムリーさがない。それ故、ひしひしと伝わってきにくいのである。

もちろん、これは誤った見方だ、と言う人もいるだろう。なぜなら、今回の映画でおそらく制作者が訴えたかったのは、「あなたの正義を問う」というキャッチフレーズが示すように、作品が描く個々の事例に関する是非ではなく、もっと象徴的なもの、つまり、「何を持って正しいこと、と言うのか?」という問題であろう。

それはそうだと思う。

そうだとしても、と思うのだ。できれば、もう少し、一般視聴者が身近に感じているネタを利用してもらいたかった。時事問題というのは生き物である。そのとき、そのときの出来事、少なくとも1年以内のネタ、それもその時もなお続いているような問題を扱わなくてはあまり意味がない。ドラマ「トリック」のDVDを数年後に見ても、元ネタが古くて全く面白くないのと同様に、社会問題も賞味期限があるのだ。それをはずすと、どうしても訴えかける力が弱まってしまう。今回の場合、映画という準備がドラマ以上に必要なメディアと言うこともあり、スタッフも考えたのだろう。結果、時事とは呼べないような、「ありそうな怖い話」になったわけだが、このあたり、もう少し何とかなっていればなあ、と思う。

もう一点、CMのキャッチコピーの一つ、


「相棒が国家に挑む」



というのは、いささかミスリーディング、というか、誇張しすぎである。正確には、


「相棒が警察組織に挑む」


と言うべきだろう。いやもちろん、こんなキャッチコピーではパンチに欠けるし、また冗長に過ぎるので、こうしたのだろう。確かにインパクトはあったが、「おい、ちょっと違うじゃないか」と感じたのは事実である。はからずもこのキャッチコピーは、むしろ映画第一弾に当てはまった気がする。


問題のラストについては、とやかく言わない。ただ、世の中って実際、こういうものだよな(全くうまいこと行かない)、と思うだけである。
それにしても、相棒はこれまでも主要と呼べる登場人物を切り(元相棒の亀山君然り、瀬戸内元法務大臣然り)、新しい風を巧みに導入しながらシーズンを重ねてきた。今後も頭を使って、努力を進めるだろう。私は未だかつて、これほど主要メンバーを変えつつも人気を保っている番組を知らない。とりわけ、特命係の後ろ盾ともいえる小野田を失ったというのは、物語を作る上でも非常に難しい問題が生じることも意味する。この点は見所の一つとしてしっかり注目したいと思う。

そういえば、小野田の最期について、デジャビュ感があったのだが、それがどこで見たのか、思い出せなかった。つい先ほど、風呂に入っているとき、唐突に思い出した。そう、フィッツジェラルドの小説「グレートギャッツビー」におけるギャッツビーの最期と、ちょっとだけ似ているのだ。興味のある人はごらんあれ。


最後に、私の前で見ていたナイーブな(この場合、純粋な、という風に解釈してもらう)男性二人が上映後に述べていた感想を書いて、締めくくる。


男性A「すごかったな。」

男性B「ああ。相棒はこれからどうなるんだろうな。」

なんという、制作者にとって理想的な観客だろうか。
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