イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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残り二話を前に、若干迂回ルートに入って普通の日記を書いてみる
2010年01月28日 (木) | 編集 |
タイトル通り、本当は友人の話の続きを書くつもりだったのだが、今日は初めて授業が一日に二つもあったりして色々あったので、真面目な話を書いてみる。友人譚については、多分明日とあさってで終わらせることになるだろう。


何はともあれ、今日は今季の山とも言える、一日に2コマ授業、という厄介な日である。後で分かったが、どうやらここの大学院ではめったにこういう事はないらしい。2コマ目を担当したマシュー・スコットが、「いやあ、今日は朝もあったみたいで、そんな日にこんな大変なのをやらせて済まなかったね」と言っていた。

そんな大変な一日だが、まず朝は7時半に起床。だいたいいつもより40分くらい早い。で、そこから簡単なサンドイッチを作って朝食に。しばしゆっくりして、9時半に寮を出る。やたら重いカバンを抱え、自転車で15分、大学に着く。

自転車に鍵を付けていると、
(註:イギリスでは自転車の盗難が多いので、鍵、特にチェーンタイプではない太い鍵を準備しておくことが必須。もちろん、自転車に乗る場合は、の話だが)
向こうからコースメートのアントニーが。今日の課題は全部読んだか、というような話をしたあと、彼が最初に発した言葉。



アントニー「で、ミスウェイドはレズビアンだと思う?」

私「そう思いますよ。」




おそらく、一般人であれば絶対にこんな会話を交わすことはないだろう。実際、私はこれまであまりそういう視点で作品を読んだことはなかったが、今回の授業は、二人の特徴的な女性を通じて、Bleak HouseとLittle Dorritという、二つのディケンズの大作を読み解く、という試みであったため、必然的にこちらとしてもその二人に注目して読んでみた。面白いもので、そうすると今まであまり感じなかったものも見えてくる。この、「彼女はレズビアンでは?」という思いも、この新しい視点によって、生まれたものだ
(註:言うまでもなく、この手の議論はよくなされている。これはあくまで、私がそれに着目したのは今回が初めて、という意味)。

1コマ目はそのディケンズ両作品についての、ニコラ・ブラッドベリの授業。私がこの大学に来た最大の理由とも言えるLecturerによる授業である(註:そして実は、これが私が今学期受ける予定の彼女の最初にして最後の授業である、苦笑。)

最初に、この授業はそれほど学術的ではなく、あくまでOpen Discussionを通じて、みなさんに他の人と意見をシェアし、新しい視点を身につける機会を与える場です、という説明がなされる。だいたい、こちらの大学院の授業と言うのは、こういうパターンが多い。そして、これは結構良い。というのも、学術的知識は自分で本を読めば手に入るが、この業界の肝とも言えるアイディアと言うのは、なかなか一人では生まれないもので、むしろ色々な人の話を聞いて、ふとしたきっかけがあって生じることの多いものだからだ。

で、まあこの授業では主にBleak HouseのHortense(フランス人女中。殺人者)、とLittle Dorritに出てくるMiss Wade(自虐的家庭教師)の二人にスポットを宛てて、両作品を見て行く、というものだったが、基本的に答えの無い話だった。最終的にには、


「この二人が目立っている(stand out)ことは明らかだが、では彼女たちはもともとディケンズの意図通りに生まれたものなのか、それとも彼の意図に反するものなのか(against his design)?」


ということになる。一応の答えとしては、「意図して生み出されたが、勝手に成長していってその枠をはみ出してしまった」ということになるだろうが、これが唯一絶対の答えと言うわけではない。

また、見ての通り、「ディケンズの意図」、言い換えれば「作者の意図」が問題になっている。ここからも明らかなように、この大学では、文学への古典的アプローチが行われている(そして、それも私がここに来た理由である。だって、「フーコーさんがこう言ってるけど、それを当てはめたらこうなりますよね」とかいうのをやったって、全く面白くないでしょう。)

この授業で一番面白かったのは、授業の後半、ミスウェイドはレズビアンなのか、という話題になったところ。やっぱり来たよ、とアントニーと言っていて、そんな気がする、と言っていたところ、俄然、普段はあまり授業で発言をしない(おそらく私が一番何も言わない人で、彼女が二番目だろう)、美人のリサが、俄然立て板に水を通すようなすごい勢いで、レズビアにズムについて語りだした。一体彼女に何があったんだ(笑)?


(註:誤解の内容に言っておくと、実は彼女は前の大学でホモセクシャルを専門に研究していたため、この領域に詳しいのである。もっとも、彼女の恋人は男性で、彼女自体はいたってノーマルですよ。念のため。
でもとりあえずなんでもいいんですよ、美人ですから、苦笑)。



昼食と昼休みを挟んで、2時からは2コマ目の授業。


いよいよ、私を長らく苦しめてきた、WaverleyとSybilである。小説自体は割と面白かったが、やはり二つあわせて1000ページ近い作品を一週間で読み切る、というのは無理がある。ほんと、大変だった。

授業の内容であるが、、、うーん、、、実は、あんまり印象がない(おいっ!)

ただ、どちらもTory Novelであるということ、WaverleyはそのBritishness(イギリスらしさ)故に、18世紀から19世紀にかけての大英帝国繁栄期にヒットした、ということ、そして、Sybilはプロパガンダ色が強く、ロマンスの部分はあくまで「売る」ため、という話は記憶に残っている。


授業の後、ヴェリティーに、「エッセイやってる?」と聞いてみたところ、



「No~~~(伸ばして、揺らす感じの話し方)」



との返事。もっともヴェリティーの能力を考慮すると、これは、



「いやあ、全然試験勉強できてないよ。ははあ、まいったまいった」



と言いつつ、実はかなりやっている、というのと同じパターンであろう(あれ、このネタ、前も使ったような気が。。。)
何にせよ、来週提出のエッセイを本気で書き上げねば。




そういう思いとともに、降り出してしまった雨の中、自転車を飛ばして帰ったのであった。

そんな一日。


では、明日はエッセイ執筆が進み、かつ、友人譚の続きが書けることを祈りつつ。
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