イギリスのR大学に留学していた近視読者ことミコーバーの日々の生活を描いたブログ。
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古き野球の話をしていて、そしてこの日が来たにもかかわらず、15年前を思い出さない人は、神戸市民ではない
2010年01月18日 (月) | 編集 |
1月17日である。

日本では既に18日になり、こちらも17日の終りに差し掛かっているが、何はともあれまだ17日である。


1月17日、と聞くと、我々はあの出来事を思い出さずにはおれない。
そう、



阪神淡路大震災



である。
当時私は中学1年生。当然、火曜日であるその日は授業があり、7時頃には起きる予定だった。

しかし、その起床時刻に至る前の5時46分。突如として大地が揺れだし、あの恐ろしい震災を経験することになった。

当時の話は以前に別の場所で日記で書いたこともあり、今日細かく書くつもりはない。ただ一言、よく阪神淡路大震災のような直下型地震は、「縦揺れ」である、ということが言われるが、それは文字通りの縦揺れである、ということだ。そして縦揺れの恐怖は、横揺れの比ではない。まるで爆発のようだった。


で、野球の話。

あの年、オリックスブルーウェーブは、震災の影響でロクにキャンプオープン戦も過ごすことなく、シーズンに突入した。「こんな時に野球をしていて良いんだろうかと思った」とは、岡田彰布現オリックス監督の言葉であるが、当時の選手たちの気持ちをよく代弁したものと言えるだろう。そんなチームではあったが、「がんばろうKOBE」を合言葉にいざシーズンが蓋を開けてみると、あれよあれよという間に勝ち進み、他を圧倒して優勝してしまった(最後はだいぶ苦労したが)。日本一にこそなれなかったものの、あの優勝は素晴らしかった。。。





というのは、後で分かった話。

正直、当時は全く野球に関心がなかったし、またそういう余裕もなかったので、オリックスの快進撃も、優勝したことも、全く知らなかった。今思えば、つくづく惜しいことをしたと思う。



さて、このまま終わるとなんともオチの無い、面白みのない真面目な日記になってしまうので、最後に一言。
オリックスは当時、「がんばろうKOBE」というワッペンを付けて試合に臨んだ。少し余裕の出来て、また野球に関心を持ち出した96年は、チームの強さとも相まって、非常に心強かった。

では当時、同じく関西、しかも大阪と見せかけて兵庫県の西宮市に本拠地甲子園球場をおく、阪神タイガースは、どんなワッペンを付けて、シーズンに臨んでいたのか。実は、彼らもまた、震災後のこのシーズン、あるワッペンをつけて試合に臨んでいたのだ。どんなワッペンであろうか?「頑張ろう西宮」とか、「やったろう関西」といったワッペンなのだろうか?




いや、違う。



そのワッペンとは、




























「球団創立60周年」























というワッペンだった。

震災と、なんの関係もへったくれもない。


中村負広監督、通称スカタンが途中で辞任し、ドベに沈んだことは、言うまでもない話である。
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